2008年1月5日(金) 天候 晴れのち雨
朝は6:30に起床した。今日は沖縄最終日である。ホテルの無料朝食を食し、7:30過ぎにホテルを出発した。今日は那覇市内の史跡を巡る予定である。
史跡を巡る前に、国道331号→県道221号経由で、日本最南端の駅であるゆいレール赤嶺駅に行き記念撮影をした。まさか日本最南端の駅に自分のバイクで来ることが出来るとは思ってもみなかったので感慨ひとしおであった。その後、最初の目的地である旧海軍司令部壕に向かった。
旧海軍司令部壕は、旧日本軍が組織的に最後に抵抗した拠点であり、縦横無尽に壕が張り巡らされている。階段を降り奥へ進むと司令室があり、ここで司令官であった太田少将が自決したとされる。沖縄戦末期には追い詰められた将兵でこの壕の中にあふれ、横になることもできなかったといわれている。ここでも沖縄戦の激しさを思い知らされた。
次に識名園へ向かった。識名園へは県道7号→国道329号→県道82号→県道222号を経由して到着した。識名園は18世紀に建造された琉球王朝の別邸であり、中国の冊封使を迎えたりなどの迎賓館などにも使用されたという。中に入り育徳泉→御殿(うどぅん)へ向かった。御殿は琉球風の建物で、広間の正面にある池の眺めはすばらしいものがある。しばし琉球王家の気分に浸った。その後石橋を渡り六角堂→船揚場を巡り識名園を後にした。
識名園の次は首里城近くの金城町の石畳道を訪れ、琉球の昔の城下町の雰囲気を感じた後、那覇新港へ向かった。バイクを愛知県の自宅に戻すにはフェリー(有村産業�蝓‘畴蕩�名古屋
※注)に乗せる必要があるのだが、年始のフェリー窓口の営業時間が1/4am・pmと1/5amのみであるため(1/6・7は休み)、1/7から出勤しなければならない私としては、今日の午前中までにバイクをフェリー窓口に持っていかなければならなかった。フェリー自体は1/7出港で名古屋港に1/10着であり、出勤日にとても間に合わないのでバイクのみの無人航送を選択した。本当はフェリーの旅を楽しみたかったが今回は断念した。
県道82号を経由し11:30頃に那覇新港に到着すると、出発前にあらかじめ予約を入れていた代理店(産業港運�蝓砲砲銅蠡海�を行い(無人航送17,990円)、倉庫にバイクと貴重品を除いた荷物を積み込んだ。沖縄での滞在期間が限られている場合には有効な手段である。バイクを預けた後、那覇新港バス停12:02発の路線バス(101系統)で市内に向かった。牧志バス停で降車し、三越のコインロッカーに荷物を預けたあと、牧志駅からゆいレールで首里城へ向かった。(600円の一日乗車券がお徳です。)
首里城へはゆいレールで終着駅の首里駅で降車した。駅からは1km余り歩き円覚寺跡の前を通り久慶門から城内に入った。奉神門をくぐると正殿が見えてきた。さすがに琉球王朝を代表する建造物だという貫禄に満ちていた。(復元とはいえ) しばし御庭から正殿を眺めたあと、南殿から正殿内に入った。 正殿内部も玉座などが復元されており、荘厳な雰囲気に包まれていた。正殿を出た後、
あまりにも有名な守礼門で記念撮影をした後、次の目的地に向かった。
次に訪れたのは玉陵である。首里城から歩いて10分くらいで到着した。玉陵(たまうどぅん)は歴代の琉球王家の陵墓であり、尚真王が先代の尚円王を葬るために1501年に築かれたものである。玉陵は中室・東室・西室の3つの建築物に分かれており、石造りの非常に大きな建造物である。葬儀の順序としては、一旦遺体は骨になるまで中室に収められ、その後骨を洗浄した後、王と王妃はは東室、それ以外の王族は西室に納められた。墓陵ということもあり独特の厳粛な雰囲気に包まれていた。ちなみに、最後にここに埋葬が行われたのは1931年ということが隣接する資料館で紹介されていた。廃藩置県後であるつい70年余り前まで、琉球王家の伝統にのっとった葬儀が行われていたのは驚きであった。
玉陵を出たときにはすでに14:30を過ぎていた。20分ほど歩きゆいレール首里駅に戻ってきたときには15:00前になっていた。今日(1/5)の17:30発の飛行機で名古屋に戻る予定であったので、遅くとも16:30までには那覇空港にたどり着きたかった。まずは牧志駅で降車し三越のコインロッカーの荷物を取り出し、牧志公設市場を散策し「もちのやまや」にて沖縄の伝統的なもちである「カーサムーチ」(1個90円)を購入した。
その後雨が降ってきたので急いで美栄橋駅に向かい、那覇空港駅には16:30前に到着し搭乗手続きを済ませた。しばらく休憩したあと飛行機に乗り込み、時間通り17:30に那覇空港を出発した。名古屋へは19:35分に無事到着した。自宅へ戻ると歩き疲れたこともありすぐに就寝してしまった。
今回の沖縄ツーリングが実行できたのは、年末年始の休暇が9日間確保できたからであった。沖縄に到達したことで47都道府県すべてを自分のバイクで走破することができた。
そういう意味ではひとつの節目となるツーリングであった。長期休暇を取得できることができれば、また普段できないツーリングを敢行したいと思う。

(※注:1/12に、無人航送で送ったバイクを名古屋港フェリーターミナルに引き取りに行きました。無事に送られてきてほっとしました。なお、2008年8月現在、無人航送を依頼した有村産業�蠅�会社破産手続き開始決定となっており、
名古屋〜沖縄航路を含む有村産業の航路が無期限運休となっています。燃料費高騰が引き金となっているのが非常に残念であります。沖縄への観光だけでなく、物流の重要な手段となっているだけに、何とかして再開してもらいたいものです。)
(走行距離:33.1km)