2007年5月2日(水)(その1) 天候 晴れ

 朝は5:00に起床した。今日は7:30までにフェリーターミナルに行かなければならないが、まだ2時間以上あるのでフェリーターミナルに行く前に神秘道路に立ち寄ることに決めたので、ホテルは6:30にチェックアウトした。新済州から国道99号線(1100道路)を10km弱ほど南へ行き、案内標識に従い国道から分岐したわき道に入るとそこが神秘道路であった。昼間は観光客で込むようであるが、早朝であり車も走っていないため私ひとりであった。神秘道路は1980年代にタクシードライバーが偶然に発見したもので、上り坂に見える坂が実は下り坂であるという錯覚現象が体感できる。早朝のすがすがしい空気の中、神秘道路と朝日をバックに記念撮影をして神秘道路を後にした。  

 途中東門市場を経由してフェリーターミナルには7:30前に到着した。まずはチケットカウンターに行き人間の乗船券を購入した。もちろん私は韓国語を話すことが出来ないので、昨日LさんからもらったFAXと片言の英語で何とかチケットを購入することが出来た。チケットカウンターの女性に3番埠頭にバイクを持っていくように言われ、埠頭にバイクを走らせると、埠頭前のゲートで一旦停止を命じられた。門の前の警備員の人にバイクを積み込む旨を話すと、パスポートの提示を求められたので提示すると中に通してもらえた。門を過ぎると今日乗り込むフェリーが停泊しており、岸壁に居る作業員の人に手招きされて今回搭乗するフェリー(カーフェリーレインボー)のそばにバイクを走らせた。

 

 

 

 

作業員の人の一人の方が日本語を話すことが出来る人であったので、フェリーへの積み込みは思ったよりスムーズに済んだ。その人は以前日本郵船の船員として何度か名古屋にも来たことがあるという。異国の地方都市の港で日本語を話せる人が居て大変助かった。続いてバイク輸送の料金を支払うため埠頭内にある事務所に入った。事務所の受付の人も日本語が通じなかったので、LさんからもらったFAXを見せて何とか支払いは無事に終了した。  

 フェリーターミナルに戻ると8:00が過ぎていたので、みやげ物としてトルハルバンのビンに入った済州島産かんきつ類を使用したマーマレードを購入して、2階にある搭乗入り口に向かった。釜山港のときと同様にチケットに名前とパスポート番号を記入してゲートを通過した。ゲート内には小規模ながら免税店があり中をのぞいていると、小学生らしき団体が次から次へとやってきてフェリーに乗り込んでいった。かなりの人数である。釜山からのフェリーと同様に今回も2等寝台にしておいてつくづくよかったと思った。しばらく免税店に避難していると、ようやく小学生の団体の搭乗が終わったようなので私もフェリーのタラップに向かった。フェリーをバックに記念撮影をしていると、船首付近のフェリー名が書かれている下に「べっぷ」という浮き彫りの文字が残っているのを発見した。韓国のフェリーには、元日本のフェリーが数多く就航しているということを聞いていたが、このフェリーもそうであった。船内に乗り込むと乗務員の女性が日本語で部屋まで案内してくれたのでスムーズに部屋にたどり着いた。寝台はすこし窮屈だが、5時間の船旅であるので私にはまったく問題なかった。そうこうしているうちにフェリーは定刻どおり8:40に済州港を出港した。(ちなみに最近7:40→8:40に出港時間を変更したとポスターに記載されていたので乗船される方は注意してください。)  

 フェリーは順調に大海原を航行し続けていた。空腹になったので売店でカップラーメン(2000ウォン)を買って食堂で食した。やはり予想通り辛かったが悪くはなかった。しばらく船内をうろうろしていたが、小学生の団体があらゆるところで走り回っており、落ち着いて過ごせる場所がなかった。それでも晴天の海原は大変気持ちよくしばらく海を眺めていた。そうしているうちに朝も早かったこともあり眠くなってきたので二等寝台に戻り仮眠した。目が覚めて外に出るとちょうど珍島沖付近を航行しているようであった。フェリーは島の間を縫うように航行しており、日本でいうところの瀬戸内海のフェリー(中・四国フェリー)に乗ったときの景色を思い出した。やがて珍島沖を過ぎてもうしばらくすると遠方に大きな港が見えてきた。木浦港に近づいてきたようであった。そして出港から5時間を経た13:40に木浦国際旅客ターミナルに入港した。

  

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