2008年5月4日(日) 天候 晴

 朝は6時半に起床した。昨日は夜遅くまで走行したため疲れていたが、何とか目覚めることができた。今日は台湾中部の見所を南下しながら巡ろうと考えた。荷造りをして7:30にホテルを出発した。

 まず目指したのは台湾地理中心碑である。ライダーとしては「台湾地理中心碑」など地理的な記念碑(たとえば○○岬、○○最南端 等)があると聞くと行かずにはいられない。ホテルを出て中山路を霧社方面へ1kmあまりのところにある。到着したところは公園となっており、少し高いところに中心碑があったので、すかさず記念撮影をして次の目的地へ向かった。

 次の目的地は日月潭である。日月潭へは省道21号を南下して30分ほどで到着した。日月潭は台湾八景のひとつで台湾最大の湖であり、多くのホテルが立ち並んでいた。朝も早かったのでまだ観光客も少なくゆっくりと景色を眺めることができた。遠くには故蒋介石総統が建立した慈恩塔を望むことができた。風景を十分堪能したところで次の目的地に向かった。

 次に向かったのは集集線である。集集線は彰化県二水駅と南投県車●(土へんに呈)駅の29.7劼魴襪孱隠坑横映開業のローカル線で、集集駅の駅舎など日本統治時代のものが残っていた。(1999年の台湾大地震で倒壊したが再建された)せっかく近くに来たのだから寄らずにはいられないと思い行くことにした。集集駅へは省道21号→省道16号を走行することになる。途中省道16号との分岐を見落とし、省道21号の信義郷のゲートまで来たところで18kmも間違ったまま走行してしまったことに気づいた。このままでは阿里山まで行ってしまうので、急いでもと来た道を引き返した。再び分岐に戻り省道16号を走行し、集集駅に10:00前に到着した。

 駅前は思ったより賑わっていて、土産物屋・レンタルサイクル屋・ホテルなどが立ち並んでいた。まるで日本の観光地である。何はともあれ駅前で記念撮影をして、列車が来るチャンスを待とうとしたが、列車の到着時刻まで大分時間があり、ここに滞在してしまうとスケジュールに支障が生じるので、あきらめて集集駅を後にした。

 集集駅を後にして、省道16号→省道3号丙→省道3号とひたすら南下した。途中のコンビニで台湾で初めて大型バイクの集団に出会った。いつかは自分のバイクを台湾に持ち込みたいものである。また道路沿いでは「檳榔」と看板を掲げたボックスのような店舗を数多く目にした。檳榔はヤシ科の植物で、種子は噛みタバコのような嗜好品となっている。ボックスはガラス張りとなっていて、中に若い女性がセクシーな服装で座っていた。売り上げを上げるために客の気を引こうとこのようなことをしているらしい。あまり眺めていると睨まれそうなので先を急ぐことにした。

 省道3号の沿線の竹山という町を通りがかったときに、省道沿いに1件の食堂が竹山名物を掲げていたので思わず立ち寄ってしまった。このようなことができるのもバイクツーリングの魅力である。店内に入り、竹筒飯(60元)と蜜蕃薯(50元)を注文した。店内には台湾のTVで紹介されたというポスターが掲示されていた。しばらくすると注文したものが出てきたので早速食した。竹筒飯はあっさりした炊き込みご飯で日本人にも合うおいしさであった。また蜜蕃薯も甘すぎないサツマイモの菓子でこれもおいしく食した。蜜蕃薯は全部は食し切れなかったので、菓子折りにして持ち帰ることにした。ツーリングの途中でも食すことになるであろう。

 竹山を後にし省道3号から斗六で省道1号丁に入り、さらに斗南から省道1号に入り南下した。省道1号は1号と名が付いているだけあって幹線道路であり、車線数も片側2もしくは3車線であり距離を稼ぐことができた。12:30頃に嘉義に入ったのでここで休憩をとることにした。市内に入ると道路沿いに蒸気機関車が見えたので立ち寄ってみることにした。入り口は出入り自由であったので中に入場した。ここは阿里山登山鉄道の車庫となっており、先ほど目撃した蒸気機関車はかつて阿里山登山鉄道で使用されていたものであるらしかった。阿里山登山鉄道には、また台湾に来る機会があればぜひとも乗ってみたいと思いつつ記念撮影をして、嘉義車站に向かった。

 嘉義車站に13:00過ぎに到着し、記念撮影をした後昼食を取ることにした。目指すは「噴水鶏肉飯」という店であり、嘉義名物の鶏肉飯の有名店である。駅から600mほどのところにある店に到着し、鶏肉飯(40元)を注文した。店内は13:00を過ぎていたが有名店だけあって賑わっていた。出てきた鶏肉飯はシンプルでありおいしく食した。食事の後、次の目的地に向かうべく店を後にした。

 嘉義の中心部を抜け、省道18号→省道3号を走行し、●水(●はさんずいへんに雲)にて県道172号に入った。標高が高くなってきて、周りは椰子の木の林となっていた。嘉義の3km程度南に北回帰線が通っており、北回帰線を境界に北は亜熱帯、南は熱帯となる。ここはもう熱帯であると実感させられる光景であった。しばらくすると分岐が現れたので県道175号に入った。目指すは日本統治時代から有名であった関子嶺温泉である。県道175号に入って間もない14:30頃に関子嶺温泉に到着した。

 ガイドブックで日帰り入浴が可能で一番安いところを探したところ、「関子嶺警光山荘」に決定した。ここは警察の保養所であるらしい。早速館内に入り入浴料(100元)を支払い、浴槽のある階下へ下りた。浴室のドアを開けるとそこはもう浴槽であり、多くの入浴客で賑わっていた。仕切られた脱衣所はなく、浴槽のそばのスペースで脱衣した。ここは他の台湾の温泉と異なり、水着を着用せず完全に裸になって入浴するシステムとなっていた。泉質は岩石層の泥と鉱物質が含まれているため灰色に濁っていた。美容にも効果があるということで人気が高いという。浴槽に浸かったり上がって休憩したりしてのんびりと過ごした。3〜40分ほどくつろいだあと、温泉を後にした。

 関子嶺温泉から県道175号を南下し、再び省道3号に合流してさらに南下し、玉井という町に到着した。玉井はマンゴーの一大産地であり、特に「愛文芒果」(アップルマンゴー)が有名である。マンゴーが食したくて早速「古早味」という店に入った。この店はTVでも紹介されたらしい。店に入り芒果冰(アイス付きマンゴーカキ氷 70元)を注文した。出てきた芒果冰はボリュームもたっぷりで大変おいしく食した。暑い中を走行してきたのでおいしさもひとしおであった。すっかり満足したところで、玉井郷公共造産青果集貨場に立ち寄りマンゴーの甘い香りに浸った。時刻も18:00になろうとしていたので、今夜の宿泊地を台南として、国道20号をひたすら西に走行し、19:00前に台南車に到着した。

 台南車に到着し、日本統治時代に建造された駅舎の前で記念撮影をし、ガイドブックに載っていた「光華大飯店」にチェックインした。料金を確認すると、1000元ということであり、ガイドブックに掲載されていた値段(1600元)より3〜4割程度安くなっていた。台湾では旧正月・週末以外は値段交渉でこのように3〜4割は安くなるようである。部屋も広く大変満足した。荷物を置き早速市内に繰り出した。

 まず目指したのは赤嵌楼である。赤嵌楼は台南で最も古い史跡である。1624年に台南の地を占領したオランダ人によって建てられた城で、その当時はプロビデンシャ城(紅毛城)などと呼ばれていた。その後、1661年に鄭成功がオランダを破った後に承天府と改名され、台湾の政治の中心となった経緯がある。1862年に地震で崩壊し、また日本統治時代に一部取り壊されているが、戦後修復されている。城門と基礎の一部はオランダ時代のものであるという。早速入場料(50元)を支払い中に入ると、建物がライトアップされていて幻想的であった。また建物の前の庭園では演奏会が行われ非常によい雰囲気であった。演奏会をしばし聞いた後、建物に入り記念撮影などをした。階上からは台南の夜景を眺めることができた。しばし幻想的な雰囲気に浸った後赤嵌楼を後にした。

 赤嵌楼の近くにある、祀典武廟や大天后宮を見て回った後、空腹になってきたので、台南名物担仔麺で有名な「度小月担仔麺」に立ち寄ることにした。この店は100年を越える歴史がある老舗だそうである。店に入り担仔麺(50元)を注文した。出てきた担仔麺をおいしく食した。食後しばらくして店を出て、旧台南地方法院や新光三越付近を徘徊して市内の雰囲気を感じながら宿に戻り就寝した。

(走行距離:272.6km)

 

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