2008年8月13日(水) 天候 晴のち曇のち雨

 朝は6:00過ぎに起床した。今日は少し早起きしてホイアン市内を回ることにした。ホイアンは19世紀頃までアジアとヨーロッパを結ぶ海のシルクロードの重要な中継地として反映した歴史がある。1999年に世界遺産に登録された見所のある町なのでぜひ見てみたいと思い、ツーリング出発前に町を見学することになった。

 荷物をホテルの部屋に残し、7:00前にホテルを出発した。市内をじっくり回りたいと思い、徒歩で街中に向かった。ハイバーチュン通りを南に向かい、総合チケット売り場でチケット(7万5千ドン)を購入した。このチケットは5枚綴りになっているが、1枚で指定されている2〜4箇所の施設から1箇所を選んで見学するようになっている。まずは廣肇會館に入った。廣肇會館は1786年に廣州と肇慶出身の華僑により建立された集会所である。ホイアンにはいたるところに「會館」と称される集会所がある。貿易港として反映していた時代に多くの華僑がホイアンを拠点としていた名残であろう。門をくぐると誰もいなかったので、チケットを切られなかった。中に入ると中国風の祭壇があり「関聖大帝」と確認されたので恐らく関羽を祀っているのであろう。額などに書かれている文字も漢字である。まさに中国式の廟そのものであり、ここがベトナムであることを忘れてしまった。早朝でもあり中庭は朝日に照らされて爽やかな気分になった。ちなみに、廣肇會館には中国の江沢民主席(当時)が2002年に訪れており、そのときの写真と直筆のサインが掲げられていた。

 次に来遠橋を訪れた。来遠橋は、1593年にホイアンに住んでいた日本人により建造された橋といわれている。16世紀後半から17世紀前半にかけてホイアンには日本人町があり、徳川家康が奨励した朱印船貿易により日本人町は大いに栄えたという。橋は屋根つきであり、橋の途中にはお堂がある。しばし日本からはるばるこの地へやって来た日本人の思いに浸りながら町の西側へ向かった。次に馮興家を訪れた。馮興家は200年ほど前に建立され、建物はベトナム風の他、中国風・日本風の様式が見受けられる。もともと貿易商の家だけあっていたるところに商業上の工夫が見受けられた。2階に上がり、そばにある来遠橋などを眺めながらしばし過ごし、馮興家を後にした。来遠橋を渡り町の東側に戻った。次に向かったのは福建會館である。先ほど訪れた廣肇會館は廣州と肇慶出身の華僑により建立されたが、ここは福建省出身者により1773年に建立された集会所である。廟に入ると中国風の巻き線香が至る所に吊るされており、ここでもベトナムであることを忘れてしまう様であった。しばらく中国風の庭などを眺め、福建會館を後にした。次に関公廟に立ち寄った。関公廟は1653年に建立された名前の通り関羽を祀る廟である。ここまでくるとホイアンが中国であるのかベトナムであるのかわからなくなるほどであった。関公廟の後は隣にあるホイアン歴史文化博物館に入り、ホイアンに関する様々な展示物を見学した。博物館内では、ホイアンの町が雨季にはトゥボン川が氾濫し床上浸水している様子なども紹介されていた。ホイアン付近は9〜11月が雨季であり、8月に訪れた私は雨季の時期を避けることができてラッキーであった。一通り見学を終えた後、そばにあるホイアン市場で商店を冷やかし、歩きつかれたこともあり、一軒の出店でフルーツミックスシェイク?(1万8千ドン)で喉を潤した。しばらく休憩した後ホテルに戻り、荷造りをして9:30にチェックアウトした。

 今日はバイクのレンタル期間が明日(8/14)までということもあり、ホイアンからそれほど離れて行動ができないので、タムキー近郊にあるチェンダン遺跡を目指すことにした。昨日ミーソン遺跡で通った地方道608号→国道1号を走り、昼過ぎにタムキーに到着した。駅に向かい遺跡の場所を駅員やバイクタクシー運転手などに尋ねたが、明確な答えが返ってこなかった。仕方なく周辺を探索したが遺跡らしきものは見当たらなかった。しかし折角ここまで来たので、近くにあるフーニン湖へ向かった。走りっぱなしで喉も渇いたのでカフェでコーラ(5千ドン)を飲み干したあと、国道1号から地方道616号に入り、標識に従い脇道へ入り、しばらく登り道を走り続けると、高台からフーニン湖が眼下に現れた。天気もよく眺めも良かったので記念撮影をした。もうしばらく走ると公園の入り口らしきところに到着した。ここが道路のどん詰まりとなっているみたいだったのでバイクを駐車した。そうすると駐車料金4千ドンを取られてしまった。しばらく湖を眺めた後、ダムに立ち寄り記念撮影をして、もと来た道を引き返した。時刻は15:00になろうとしていた。遺跡を発見できず残念ではあったが、そろそろ戻らないと翌日までにフエにたどり着くか微妙であったので、国道1号をフエに向け戻ることにした。

 地方道616号から国道1号に戻り、タムキーの街の終わりを告げる標識を確認してからしばらく走ると、道路の左側に古い建物らしきものが見えたので、思わず立ち寄ることにした。道路をはずれ近づくと、門の扉が閉まっていたが鍵などはかけられていなかったので、門の扉を開け中に入った。建物はチャンパ風の遺跡であった。遺跡のそばでは牛が草を食んでおりのんびりとした風景であった。牛を追っていた人が私を発見すると、遺跡の管理人を呼びに行った。管理人棟から出てきた若い女性に、遺跡の見学料(1万ドン)を支払った。ここが私の探していたチェンダン遺跡であることに、チケットを受け取ってはじめて知った。すっかりあきらめていた遺跡に、帰りがてらたどり着くことができたので感慨ひとしおであった。管理人の女性は遺跡の塔の鍵を開け、中を見学できるようにしてくれた。また、管理人棟にある遺跡の展示館にも案内してくれた。展示館はチャンパの様々な彫刻や男性自信を象徴するリンガなどが展示されていた。これほど多くのチャンパ彫刻を見学する機会は、博物館以外では稀である。チェンダン遺跡は11〜12世紀に建立されたチャンパ寺院であり、他のチャンパ遺跡同様ヒンズー教の影響を受けている。彫刻を堪能したあと、管理人の女性と遺跡を記念撮影して遺跡を後にした。

 時刻は16:20を回ろうとしていた。今夜の宿泊地をダナンと決め、国道1号をひたすら北上した。途中ビンディンを過ぎた辺りから雨が降り出した。降ったり止んだりであったのであまり気にしなかったが、ダナン市街に入る頃には大雨となった。ベトナムで初めて体験するスコールであった。ゴーグルを付けていなかったので雨が痛くて目を開けることがほとんどできなかった。それでも止まっても雨に打たれるだけなのでひたすら走り続け、ようやくソンハン橋までたどり着いた。チャンフー通りに沿いの商店の軒下で雨宿りしながら、近くにあるホテルをガイドブックで探し、1件のホテル(ランフーン2)が目の前にあったのでそこにすかさず飛び込んだ。ホテルでチェックイン(12ドル)して部屋に入り、濡れた服を着替えて街に繰り出した。

 今日は食事も取らずに走りっぱなしであったので、早速食事を取ることにした。まずはガイドブックにあった「ホンゴック」に入り、コム・ガー(鶏肉飯 3万5千ドン)を注文した。空腹だったこともあり、出てきたコム・ガーをすぐに平らげてしまった。腹も満足したところでデザートを食したくなったので、ガイドブックにあったチェー(ベトナム風あんみつ?)の人気店「チェー・スアンチャン」に立ち寄った。店は歩道にまで椅子が並べられており、地元の人たちであふれていた。チェー・ダウ・サイン(緑豆のチェー 3千ドン)を注文し、出てきたチェーを素早く食した。ベトナムは夜も暑いので涼しい甘味は有難かった。その後夜店などを冷やかしながら街を徘徊し、スーパーでドリンク(缶コーラ5千ドン、ペットボトル紅茶7千ドン)を購入し、ホテルに戻り23:00頃就寝した。

(走行距離:173.4km) 

 

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