2009年12月28日(月) 天候 雨のち曇

 朝は6:30に起床した。早起きしたのは、コルトバのシンボルであるメスキータを見学するためであった。早朝であれば無料で見学できるとのことである。早速メスキータに向かって歩き出したが、外はまだ暗く、しかも小雨の降る生憎の天気であった。ホテルから10分くらい歩くとメスキータにたどり着いた。目の前に現れたメスキータは、高い壁に囲まれており、どっしりとした構えであった。開館時間前だったので、周囲を一回りしたが結構疲れてしまった。そうこうしているうちに8:30の開館時間となり、入場が始まったので、私も入場することにした。

 入り口をくぐると、オレンジの中庭であった。中庭を挟んで尖塔を見ることが出来た。次にメスキータの中に入った。コルトバのメスキータ(モスク)は、784年に後ウマイヤ朝創立者である、アブド・アッラフマーン1世により建設が始められ、10世紀頃までに3回に渡り拡張された。レコンキスタ(キリスト教徒による国土回復運動)による1236年のコルトバ陥落後、教会に転用されて中央部にカテドラルが建造されたが、カテドラル以外の部分はそのまま残されており、いわばイスラム教とキリスト教の折衷建造物となっている。メスキータは1984年に世界遺産に登録されている。

 

 

 

 

中に入ると、円柱の森とよばれる数多くの柱が林立しており、建物内の薄暗さと相まって非常に幻想的であった。見渡す限り柱・柱であった。これほどまでに壮大な建造物に無料で入場できるとは、非常にラッキーであった。無料で入場できる理由は、メスキータは現在は教会となっており、朝のミサの時間は観光客であっても無料で入れるということらしい。本来はミサのために開放しているのが趣旨らしいので、ミサの邪魔にならないように見学しなければならない。

 

 

 

円柱の森の中央にはカテドラルが現れた。いかにもキリスト教徒が権威を見せ付けるようにメスキータの中央に建造したような感じであった。

 

しかし現在では、この2つの宗教建造物が一箇所に存在するという摩訶不思議な状況が、非常に見る者の興味を引いているのも事実である。広い内部を徘徊し、すっかり満足してメスキータを後にした。

 外に出ると、日が昇って周りは明るくなっていたが、空は時折小雨がぱらついていた。ローマ橋に立ち寄り、ホテルに戻る途中で朝食を取るため、通りがかりのバルで朝食を食すことにした。昨日はパンとソーセージしか食していなかったので、かなり空腹であった。店に入り、バジルパスタと水(5.9+1.5=7.4ユーロにサービス料0.7ユーロ)を注文した。出てきた食事を素早く食し、腹も満たされたのでホテルに戻った。出発の準備を整え10:30頃にホテルを出発した。

 小雨がぱらついていたのでレインウェアを着込み走り出した。コルトバを離れる前にバイクと共にメスキータと記念撮影するために、一旦グアダルキビル川を渡り、ローマ橋をバックに記念撮影をし、 橋を渡りメスキータ前で記念撮影をした。世界遺産をバックにバイクと記念撮影できる機会というのは、出来そうでそうそう出来ないので貴重である。(人間だけなら世界遺産をバックに記念撮影も珍しくないが・・・) 撮影も終えて、11:30頃にコルトバを後にした。

 コルトバからはN432を南東方面に向かった。天気は雨が降ったり止んだりの繰り返しであった。スペインの冬は比較的雨が多いということだが、東京の冬よりも雨が多いような感じがした。しばらく走り続けると、バエナという街が近づいてきたので、昼食も取りたいということもあり立ち寄ることにした。バエナは、1241年にカステイーリャ王フェルナンド3世により陥落させられるまでイスラム教徒の街であり、その後もイスラム教徒の抵抗などが繰り返された。現在でもイスラム時代の面影が所々に見ることが出来る。また、オリーブオイルの一大産地として世界的によく知られている。

 N432を出て、A3128を4kmほど走ると、丘の上に白い街が現れた。さらに道を進むと上り坂となり街中に入っていった。聖グアダルーペ教会近くに一旦バイクを止め、インフォメーションでリーフレットなどをもらい、スペイン広場にあるレストラン(EL PRIMERO DE LA MANANA) に入った。中はレストランとバルを兼ねた造りであった。席に座り、店員さんにメニューの中からバエナ名物はどれかを聞くと、揚げ物らしきものを指したので、それを注文した。(9ユーロ) ついでにカメラの電池の充電も依頼した。出てきた料理は一人分にはボリュームが多かったが、残すのは勿体無かったので何とか完食した。満腹となったところで、バエナの街を見て回ることにした。歩き回るには坂が多い町なので、バイクで動けるのはつくづく有難いと思った。いつでもどこでも自由に動けるというのが、バイクツーリングの魅力である。スペイン広場から坂を上り、パラシオ広場や、聖母教会などを見て回った。

 

 

 

 

 

 

 

 

聖母教会のあるところはバエナでも最も高いところであるので、周りが一望できた。また、白い家々などもスペインらしさをかもし出していた。しばらく徘徊してスペイン広場前に戻ってきて、最後にグアダルーペ教会前で記念撮影をして、バエナを後にした。時刻は14:30を回っていた。

 バエナから再びN432に戻り、南東へ向けて走り続けた。周りの景色はオリーブ畑がどこまでも続いていた。しばらくすると、左手に立派な城砦が見えてきた。なぜかその城砦に魅かれてしまったので、N432を外れて城砦に向かうことにした。話はそれるが、スペインのICは必ずと言っていいくらいロータリーとなっている。交通量の多いところは信号付きのロータリーとなっている。案内標識に従い、城のある方向へ向かった。

 この街はアルカウデテ(Alcaudete)という街で、教会とその横にある城がシンボルのようであった。街に入り入り組んだ道を進んで、ようやく教会と城のある広場に到着した。さすがに年末とはいえ平日であったので、観光客は皆無であった。教会は中に入ることが出来なかったので、外で記念撮影だけをした。このような日本ではほとんど知られていないところでたたずむと、遠いところに来てしまったという思いにふけってしまう。周りを見ると、アンダルシア特有の白い壁の建物が連なっていた。協会と城を見物した後、再び市街に戻り記念撮影をした。典型的なスペインの街並みであった。時刻は16:00を回ろうとしていたので、アルカウデテを後にした。

 N432に戻り、東南方面に走り続けた。どんよりとした空にオリーブ畑が続く風景は、いかにも冬のヨーロッパという感じであった。(個人的な想像) ひたすら走り続け、17:00過ぎにグラナダ市内に入った。今日はグラナダで一泊することにしたので、中心部(アルハンブラ宮殿付近)に向かおうとしたが、さすがに大きな都市なので、なかなかたどり着かなかった。しかも、スペインの案内標識は、高速道路などでは標識も大きく見やすいのであるが、市内の案内標識は日本人の感覚からすれば、申し訳程度の大きさであり、よくよく注意しないと見落としてしまう。時々止まりながら標識を確認し、渋滞気味の道路をひたすら進み、何とかサンタ・アナ広場(Plaza St.Ana)にたどり着いた。太陽も沈みかかっていたが、まだ暗くなっていなかったので、ダーロ川沿いの道を進むと、対岸にアルハンブラ宮殿(1984年世界遺産登録)が現れた。折角なので、世界遺産の前でバイクと共に記念撮影をした。

 チャピス坂→アラカバ坂の急勾配を上り下りし、グラン・ビア・デ・コロンにたどり着いた。ホテルを何件か見て回り、最終的にガイドブックに紹介されていたホスタル「アテナス」にした。(宿泊+駐車料金=30+5=35ユーロ) 料金の割りにシャワー・トイレつきで満足した。スペインでは安い部類だろう。駐車場にバイクを止め、荷物を部屋に持ち込んで(パニアケースは取り外しが簡単でそのまま部屋に持ち込めるので便利)早速街中に繰り出した。時刻は19:30を回ろうとしていた。

 ヌエバ広場方面に向かい、エルビラ通り沿いのレストランを物色した。街並みはどことなくアラブの雰囲気をかもし出していた。実際アラブ人らしき人々もかなり見かけた。アラブ料理店も見受けられたので、結構たくさんいるのかもしれない。

 

 

 

すっかり空腹であったので、エルビラ通りのレストラン「La Nueva Bodega」に入った。席に座り、値段とボリュームを考慮して、セット料理(10.33ユーロ)を注文した。内容はパエリア・魚とイカのフライ・フルーツ・ワイン・パンであった。スペインらしい料理をようやく食すことができたので満足した。食後、ホスタルに戻る途中でライトアップされたカテドラルなどを見学した。ホスタルからグラン・ビア・デ・コロンを挟んだはす向かいに、なぜか日本レストランがあったので写真に残した。明日の予定のためにホスタルの近くのバス停の時刻表をチェックしてから部屋に戻り、少し早めの22:30頃に就寝した。

(走行距離:182.0km)  

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